どうも、麦酒男です。

いろいろなメディアで“クラフトビール”という言葉を目にする機会が
本当に増えてきました。日本の大手ビールメーカーがクラフトビールに
参入すると云って「?」となったり、なんだかなぁ、と思っていたんですが、
自分なりにやっと答えを見つけた気がします。

クラフトビール

クラフトって想いだ!



先日、悲しい出来事がありました。僕が沖縄に来てから出会った、
大好きな餃子屋さんが、旅先で事故に遭われて急逝されました。
その餃子屋さんを知ったのは今年の1月にだったんですが、
餃子がとても美味しくて、50個以上はそこの餃子を食べたと思います。
餃子も好きだったし、それを作っている方もなんとなく好きでした。
お話したことはちょっとだけしか無かったんですが、
ネットの記事を見て、こだわりやこれまでの事を知ったりしてました。

同じレシピで同じように餃子を作ることはできるかもしれませんが、
それだとちょっと違うんですよね。それはそれで美味しいって
食べると思うんですけど、何かさびしさが残る気がします…
その方が作る餃子だから良かったんじゃないかなぁ。ああ、あの餃子が食べたい…

焼き餃子 10個 500円

ショックを受けつつ、いろいろ考えていたんですが、その中で
大手メーカーとマイクロブルワリーとの違いについて思うことがありました。

餃子のように、あの人が造る、あのビールが好きだ、という想い。
その想いを抱いた時に、造り手と飲み手の間にあるビール(という記号)が
クラフトビールになるんじゃないかと思いました。
歌でもそうだし、落語でもそう、「あの人だからいいんだ」ってことが
世の中にはいっぱいあって、クラフトビールもそうなんじゃないかと。

大手のビールも好きです。オリオンビールも金麦も好きです。
でも、大手の商品の場合、あの人が造っているとか、
こんなエピソードがあってね、とか、そういうことはわかりません。
商品を売るためのストーリーは表に出てくることはありますが、
そういうのとも違うんですよね。きっと、想い、なんです。

造り手の想いがあって、それを飲み手がやはり想ったり、受け取る…
それには、きっと造り手とのコミュニケーションや
造り手側からの情報も必要なんだと思います。
(コンセプト作りが上手なブルワリーはラベルや名前で
その情報を伝えることもできるのかもしれませんけどね…)

クラフトビール造り

大手のクラフトビールについて違和感を抱いているのは、
醸造者やスタッフの名前を出せばクラフトっぽい、みたいな
空気を感じてしまうこともあるのかもしれません。
本当にクラフトを標榜するなら、想いをしっかりと伝えてほしいし、
その前に「想う」ことを大切にしてほしい。
自社や大手メーカーの中での強い想いではなく、
世界中のブルワーにも負けないくらいの強い想いを!

どんなにビールが美味しくても、ユニークでも
そして、どこのブルワリーが造っていても、
飲む人と造る人の想いが無ければ、それはただのビールでしか無い…

クラフトって想いだ! だから大切なんだ!

僕はビールが好きで、だからこそ美味しいものを飲みたいし、
クラフトビールと云うからには、想いが詰まっていてほしいです。